今日という日に因んで、私も『母』に想いを馳せてみようと思います。

私にとっての母は、厳しくそして少し怖い存在でした。
でした、と過去形なのは母が他界したからとかではなく、母に対しての認識が変化したからです。
母がどう感じていたかはさておき、私は今が一番母との関係が良好だと認識しています。
それはおそらく、私にとっての家族の発達段階が移行したことによる影響だと思われます。

家族の発達段階とは、岡堂哲雄氏の『家族心理学講義』に著されていたもので、6段階に分類された家族の発達段階と、それぞれの心理的な移行過程と発達に必須とされる家族システムの第二次変化を表しているものです。

私の場合、第一段階である『親元を離れて独立して生活しているが、まだ結婚していない若い成人の時期』から第二段階の『結婚による両家庭のジョイニング、新婚夫婦の時期』への移行期を経たところにいます。

第一段階の頃は、親元を独立しているとはいえまだ庇護する者とされる者として、母と私の関係はありました。
母はバリバリと仕事をし、悪いことは悪いとハッキリ物を言い、無責任なことを嫌う、という人でした。
私が何かすることに対して、母も親として苦言を呈してくれていたのだと今では思うことができますが、当時の私にとっては何をしても半人前として認めてはもらえない感がありました。
一人の人としてできる母への尊敬と劣等感のようなものが相まって、私は素直に子供として関われていなかったようにも思います。

けれど今は、第二段階への移行に伴い、母と私の関係も整理され見直されました。
結婚前に母へこれまで自分が溜めて言えなかった想いを吐露したり、その上で母の気持ちを聴くこともしました。
本当は子供の頃に言いたかった色々なことを、そこで初めて伝えられたのかもしれません。
それから少しずつ、私だけでなく母の私への関わり方も変わったように思います。

印象的だったのは、結婚前に夫の両親へのご挨拶の手土産を母と買いに行った時のことです。
相談しながら一緒に品を選んでいて、ふと「ああ今、母と娘って感じがするなぁ」と感じたのです。
おそらくその時、私は家族から独立して新しい家族を持つ段階で、母とも庇護する者とされる者の関係から独立し、親子の分離を受容できるようになっていたのでしょう。
分離できたのに親子を感じると言うと矛盾しているように思われるかもしれませんが、私の場合は子として独立できる段階に立ったからこそ、ようやく母に対して自分が子であることを自分自身に認めさせられたのだと思います。

今は私は一人の人として、母を頼ることができるようになりました。
それは親子の依存的な関係ではなく、母を尊重し私もまた母の前で素直に子として在ることのできる関係です。
そんな変化を経た私なので、これから本当の意味で母親孝行をしていきたいと考えています。

お母さん、今まで私を見守り育ててくれてありがとうございます。
そしてこれからも改めてよろしくお願いします。
 

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